美濃における上絵付けの始まりは江戸時代の中期と考えられています。当時のものと思われる出土物から考えると、この頃の生産量は僅少ではあるが、美濃の地域で和絵具を使用した上絵付けの萌芽であると思われます。

上絵花丸文皿陶片
18世紀(豊蔵資料館蔵)
江戸時代中期に始まった上絵付けは、歴史上の空白期を経て近代に至り急な発展を見ることが出来ます。
上絵付けの発展は、欧米などで繰り返し開催された万国博覧会への参加や海外貿易に支えられ東京、横浜、名古屋など貿易の拠点を中心に活発な動きを見せました。
それらに伴い美濃とりわけ多治見においては、明治初年にいたって市内各地に上絵付け関連業者が多く開業し、完成度の高い上絵付け製品の生産が行われるようになりました。


釉下彩糸瓜図花瓶
西浦園圓「西浦」明治時代
また、この地域では明治前期には「西浦焼」が誕生し、その日本的図柄の細密画は、欧米人に好まれ多く輸出されました。
この様にして上絵付けが盛んになると共に製品の量産化を図るため、明治三十年代には上絵銅版転写技法が確立され、多治見の上絵付け業は一大規模に発展しました。
とりわけ美濃地域は素地の量産体制も確立され、さらに新しい技法を取り入れながら次の展開を見せて行くことになります。
海外輸出に支えられて隆盛を極めた多治見上絵付けは、オイルショック、円高など輸出に大きな影響を与えた経済的要因や陶磁器産業全体の低迷の中で新たな上絵付け商品の開発と技術者の育成が重要な課題となっています。
伝統的な手描きなどの絵付け技法を継承しつつ近代的な転写技法なども生かし、皆様の食卓を彩る器作りを目指して、時代にあった上絵付け商品としての「多治見絵付け」のブランド化を計っております。
また、従来使われてきた上絵具が環境の安全安心の観点からその有鉛性が問題となり、新たな無鉛絵具の研究開発を進めた結果、現在では全く問題のない「無鉛絵具」が開発され、安心安全にお使いいただける様になっております。

